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執筆者の写真坂田大輔

行きたくない

早いもので年が明けてまもなく半月。鏡開きも終わってしまいましたね。こうして月日は矢のように飛んでゆくようです。


さて、先日はワクチン接種のお手伝いをさせていただきました。ご自宅にお伺いすると、準備万端、ベッドサイドに座っていらっしゃいました。ご挨拶をしますが、どうも様子が穏やかでない。「さあ、こちら(車椅子)に移って出発しましょうかね。」とお声掛けをすると、


「私はどこにも行きません!!!」


とおっしゃいます。「あなたたち(私と娘様)が何と言おうと私は行きません。そんな急に言われても困ります。」「私は何もできません。」と続きます。どうやらご機嫌ななめのようです。もちろん、娘様が前もってお伝えしていましたし、車椅子に移りさえすれば注射

を打ってもらって帰ってくるという、ちょっと聞いただけでは難しいことはなにも無いことのように感じます。


ただ、ご本人様の中の真実はそうではないようです。身体も思うように動かず、認知症で事態が把握できず、そのような状態で人の中に入ってゆくということに対して、きっと怖い思いや恥ずかしい思いがあるのでしょう。そして、一度「行かない!」と強く主張した以上引き下がるわけにもいかないという気持ちもあるかもしれません。


「随分前に言ったじゃない!車椅子なんだし、ただ座っとくだけでいいけん!何もできんでいいけん!もう行きますよ!時間無いっちゃけん!」

といっても始まりません。もちろんそんなことは誰も言いません。


さて、ではどうしたものか…。

ただ、しっかり着替えていらっしゃる上に、「布団にくるまって出てこない」というわけではなく、いつでも車椅子に移れる体勢でお待ちでしたので、まずはこの「怒り」の状態から抜け出していただくことさえできれば、車椅子に移っていただけるのではないかと考えました。


娘様が、ワクチン接種会場に行く道すがら、「あそこも通るしここも通る。懐かしいところが見えるよ。」とおっしゃって誘っておりましたが「そんなとこ行ったってしょうがない!」と聴きません。しかし、ご本人様が昔育った実家が途中にあるとのことでしたので、昔の話を聴いてみることにしました。


私:「ところで○○さん、そのご実家にはいつ頃からいつ頃まで住んでいらっしゃったのですか?」

ご本人様:「生まれた時から嫁に出るまでたい!」と、まだ怒りモードでしたが

私:「あの辺はいいところですよね~。山もきれいに見えて、田んぼが広がってて…。」

ご本人様:「そうね~…。」

と、少し気が紛れてきたご様子です。そのあたりの大きな地主さんだったとのことで、当時のご家族や近所の様子、誇らしい話などをたくさん聴かせていただきました。


随分と和やかな空気になったところで、「ではそろそろ行きましょうかね、さ、移りましょう。」

とお声掛けをして、スッと車椅子に移っていただきました。


その後は「ご迷惑をおかけしますね、私何もわかりませんから。」と、言いつつも景色を眺めながら、ここはドコソコで、ここを曲がるとナニナニがあって…。と地理をはっきりと把握していらっしゃり、昔の様子などをいろいろと話してくださいました。きっとご本人様のなかでは60~70年前の糸島の広い景色がよみがえっていたのかもしれませんね。


こうして無事にワクチン接種を終え、ご機嫌でご自宅に戻ってくることができました。


認知症を患っていらっしゃる方の言葉や行動には、必ずその方にとっての「真実」に沿った理由があると思っております。よく聴いて、想像して、その方の気持ちを汲み取ることができるといいなあと思います。


また昔のお話を聴かせてくださいね。

ありがとうございました。


写真は有田あたりの畑からみえる可也山です。

この角度からの可也山は形が本当にかっこいいですね。

雨が降りそうです。



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